耳納連山ヒルクライム。年間6戦を久留米耳納連山で行う、タイムトライアルレースです。初心者大歓迎です。
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筑後川トライアスロン大会。スイム・バイク・ランのすべてを筑後川で行うトライアスロンディスタンス。毎年たくさんの選手、ボランティアが集います。
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久留米トライアスロン
 [1982-2002]

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LEGEND

■久留米トライアスロン


久留米トライアスロン 「偉大なる草レース」

いつのころからかそんな形容をされるようになっていた「久留米トライアスロン」地元の草トライアスリート達の手によって始められた日本のトライアスロンの草分け的な大会ともいえるだろう。

久留米トライアスロンが産声をあげたのは1982年。アイアンマンハワイが始まった1978年からわずか4年後、国内初のトライアスロン大会である皆生大会が1981年だから、まだまだ「トライアスロン」という言葉さえ日本では一般的ではなかった頃、ましてや久留米ではいったい何人その言葉を知っていたのかという時に、すでに始まっていたというのは非常に画期的な出来事だ。

2000年のシドニーオリンピックで正式決定されたトライアスロンディスタンスといういわゆるショートのレースが始まったのもこのころだといわれている。

以来、久留米の「スーパーマンクラブ」を中心に地元アスリート自らの手で全ての運営を行っていった。メジャーな大会にはない「気軽に参加して楽しめる」草レースならではの面白さを追求していたこのレースは、数多くのトライアスロンファンを生みだし、アスリートを引きつけた。

引退した岡山の鉄人、中尾友一さんが初の80歳のトライアスリートとしてレースを完走した2002年、久留米トライアスロンはその役目を終えた。2000年から2002年までの3年間は筑後川トライアスロン大会と重複開催されている。

通算21年間、毎年の開催で蓄積されたレース運営のノウハウは、その後筑後川トライアスロン大会へと引き継がれ、今も多くのアスリートを魅了し続けている。



■久留米トライアスロン [1982-2002]
*メイン会場は筑後川河川敷。スイム会場はブリヂストンスポーツのプールを利用していた。

Archive |第20回第21回 *最後のレース|

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